それで私は先ず初めの半年の間「耳を英語に浸す」ようにしました。一日中可能な限りラジオを流しておく、特にニュースは注意して聞くこと。テレビ、特にニュース番組を見る。聞いて、見て、理解するようにする。週末も出来るだけ英語で暮らすようにする。日本人の友人と出かけるにしても、常に英語が必要な環境を維持するようにつとめました。Maximum
exposure to English languageですね。そして今思うにとても大切なこと、それはカナダという国の文化、トロントという街についての理解を深めるために、英語はどうしても必要不可欠な媒介物mediumだったのです。英語を学ぶためにカナダに来た私だったのですが、一旦来てみるとカナダを知るために、より多くの素晴らしい出会いを得るために、英語を身につけなければならない状況にあることに気づいたのです。
例をあげてみます。私がソニアちゃんにDid you wash your hands?(手を洗ったの?)と尋ねたとします。するとソニアはI early did
thatと答えるのです。所謂「きちんとした」文法英語だったらI already did thatと言わなければならないところです。でもearlyという表現をalreadyとまだ口が回らない彼女が一生懸命言っていると、earlyの方が逆に的確な表現にも取れるのです。「さっきとっくに洗ったよ!」という意味の素敵な表現だと思います。言葉と言うのは生き物です。
大人の会話が多少出来るようになってからはカナダ人の友達を作るようにしました。カナダ人の友人の一人に高校の英語の教師になるために大学に通っている青年がいたのですが、その人が冗談混じりに「英語が上手くなりたいならコメディ番組を見てジョークがわかるようにならないと」と言うので私はある時期コメディばかり見ていた時期がありました。ニューヨークからのライブ番組の「Saturday
Night Live」とか。コメディというのは一人で見るより友達とか家族とかと一緒に見たほうが楽しいし、また意味がわからなければ質問に親切に答えてくれる人と一緒に見ることが出来ればとても役に立つと思います。言葉がすべてキャッチできなくても顔の表情とかジェスチュアとかから「ああ、きっとこんあこと言ってるのかなあ」とguessingすることも効果があります。
英語が
"World's
Lingua Franca" 世界共通語と言われるくらい発展を遂げられた背後には、コミュニケーションの手段としての英語の分散主義と多様な発展を許容してきたという「実利主義」の功があったとも言えるかもしれません。英語と一言で言ってもかなりのバリエーション(たとえばコンピューターの辞書をダウンロードするにしても選択肢は多い)があるように、英語を話す人々の文化も多様です。