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  • 2006年1月19日(木)午後6時よりソフィアブックスにて、
    田中桜子著「ライラとみどり色のホウキ」出版記念サイン会が開催されます。サイン会詳細 >>
 
田中桜子(シェリー)さん:
2000年 カナダ日本文学賞受賞(オタワ、カナダカウンシル)
1995年 現代詩人アンソロジー賞新人賞受賞(大阪、銀河詩手帖)
1996年 日本ファンタジー小説大賞準最終候補(小樽)
1995年 講談社児童文学新人賞ノミネート
 
日本人と英語(2004年2月、カナダ国際大学での講演録)
1.はじめに ▼
2.私と英語 ▼
3.言語と文化 ▼
4.英語と日本語 ▼
5.習うより慣れる ▼
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1.はじめに

皆さん、こんにちわ。田中桜子と申します。英語名はシェリーなのですが、これは20年以上前に私が始めてカナダに来た時にお世話になったフランス系カナダ人の女性が「チェリー<桜>のフランス語読みでシェリーがいいわ」とおっしゃってくださったのに由来しています。

トロント大学、ブリティッシュ・コロンビア大学で社会言語学を専攻しましたが、博士論文のテーマでアイヌのシャーマニズムを選んだために、最近では「アイヌ文化研究のDr.田中」とか「シャーマンの専門家田中さん」とか言われるようになってしまいましたが、今回久しぶりに「日本人と英語」というお題目で、「言語」に関する話をするように依頼されまして大変嬉しく感じています。

出身は北海道、函館市で、函館といえば歴史的には米国よりも英国との繋がりが深い場所です。北海道は明治時代に札幌市に開拓使が置かれて「ボーイズビーアンビシャス」の格言で知られるアメリカ人のクラーク博士が北海道農業学校(現在の北海道大学)の指導任務にあたるなど、アメリカ的な開発のイメージが強い印象を受けられるかもしれませんが、函館は例外です。函館はヨーロッパにより近く、例えばキリスト教関係の縁を挙げてみますと、よく知られているものだけでも聖ヨハネ教会(英国教会)、ギリシャ正教会(ロシア領事館付属聖堂)、ラサール高校(フランスのバプティスト派)、トラピスト及びトラピスチヌ修道院(フランス)などがあります。函館は19世紀に建てられた素晴らしい西洋の建築物が黄昏に浮かぶ街ですが、また古くから架橋の人達も活躍されていて、扇形の地形といい、ちょっとバンクーバーに似たところがあります。

私の父は戦争中に「敵国語」である英語とロシア語を当時の中学校の先生から習っていたそうです。その先生は「日本は必ず戦争に負けるから、戦争が終わった後で必ず英語とロシア語は必要になる。」と言って公然と授業を行ったそうです。あの、野球をするのでさえ、「良い玉」とか何とか全部日本語で言わなければ非国民として連行された時代のことです。そのような革新的な教育を受けた父は戦後まもなく東京外国語大学のロシア語学科に行くことを志願して、猛反対の祖父に内緒で入学試験を受けたのでした。幸い第一次の筆記試験はパス、第二次の面接試験を控えた若き父は、戦後の荒廃した日本を脱出するための「外国語」というパスポートを得られる日を夢見ていたことでしょう。しかしながら祖父は「一人息子をロシアに行かせてなるものか!」と強制的に父の面接試験を断念させ、無理矢理父に東京歯科大学の試験を受けさせたのでした。文系だったはずの父は何故か試験に合格し、家族を養うために歯科医師になる道を歩むことになります。

そんな父を親に持った私はいつか外国に行くことを前提にして育てられたような気がします。父が言うに「桜子」という名前は「桜は日本の花だから、何処の国に行っても名前を覚えてもらえるだろう」。そして弟の名前は「圭」ですが、これも英語で「ケイ」と呼びやすいようにつけたそうです。

 
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2.私と英語

カナダの地を始めて踏んだのは21歳の9月でした。私はいわゆる受験というシステムが大嫌いで、どうしても日本の大学には行きたくなかったので、英語を徹底的にマスターしようと思って英語圏の国の中でも比較的安全で平和な国という印象のあったカナダに来ることを選んだのでした。

生意気だった私は10代の頃から東京で自作の詩を発表したり、役者の人達と一緒に朗読の会に参加したりしてました。そして当時アレン・ギンズバーグやゲーリー・シュナイダ‐と言ったアメリカのビート詩人の詩がトレンディだったのですがそれらの和訳を読むだけではどうも満足できず、また小田島雄志氏によるシェークスピア劇の現代語訳が話題になっていたのですけれども、やはり原文のニュアンスを直接理解できるようになりたいと強く望んでいました。その英語を体で習得するために、先ずトロントに行ったのです。

当時はワーキング・ホリデイ制度などなく、カナダに長期滞在する方法としては学生ビザか労働ビザのどちらかが一般的なものでした。しかし私は例外的な方法を選んだのです。両親の援助にあまり依存したくなかったので、労働ビザで滞在許可を得ながら同時に学校に行くことも許される唯一の方法、「住み込みの家事手伝い(オーペア制度)」を利用したのです。この制度を利用してカナダ人の家庭にホームステイし、昼間は家事手伝いやべビーシッターをしながら夜にESLの学校に通っていました。

カナダに来た時の私の英語能力はと申しますと正直言って本当にもう「hopeless」に近い状態で、今思うと「若いって恐ろしい」と自分でも自分の大胆さにぞっと鳥肌がたつくらい、それほどひどかったのです。高校時代にいわゆる受験英語で文法と語彙を丸暗記させられたのでやたら英語の構造(structure)に関する重箱の隅をつつくような知識は持ち合わせてはいたのですが、先ずリスニング能力ゼロに近く、スピーキングも当時ベビーシッターをしていた4歳の女の子に笑われるくらいひどいものだったんです。読み書きはある程度出来ましたので、最低限の意思の疎通を何とか図るためにホームステイ先の家族の方とはメモ帳を使ってメッセージを書いて交換していました。

住み込みのオーペアの直面する現実は過酷です。リスニング、スピーキング能力を何としても高めないとサバイバルできないのです。たとえば仮にレシピを見ながら夕食を作れたとしても一家団欒の食事の時に会話の中に入っていけないので、どうしても孤立してしまい、おいしいと誉められているのか、口に合わないのに無理して食べてもらっているのかすらわからないのです。大人としての会話が出来ないために、自分は子供同様の存在になってしまったようなコンプレックスがつきまといました。

いちいち全てのメッセージを紙に書いてるわけにはいきませんし、私は雇われている身なので英語で日常の会話くらい出来て当然と思われているわけです。当時日本が経済大国として世界に知られ始めたそのほんの先駆けの頃ですから、一般のカナダ人は日本に関する知識をあまり持っていませんでした。「日本は中国の何処にあるの?」という質問をされたくらいです。

オーペア制度というのはもともとはヨーロッパで発達したもので、一種の「ワーキングホリデイ」のようなもので、当時ドイツ人、スェ‐デン人、イギリス人などヨーロッパ出身の女の子たちも多くこの制度を利用してトロントに来ていました。彼女たちは英語がペラペラで、はっきりと自己主張が出来、ルックスも白人だし、ステイ先の家族とも対等な関係を保って楽しくやっているように感じました。

それで私は先ず初めの半年の間「耳を英語に浸す」ようにしました。一日中可能な限りラジオを流しておく、特にニュースは注意して聞くこと。テレビ、特にニュース番組を見る。聞いて、見て、理解するようにする。週末も出来るだけ英語で暮らすようにする。日本人の友人と出かけるにしても、常に英語が必要な環境を維持するようにつとめました。Maximum exposure to English languageですね。そして今思うにとても大切なこと、それはカナダという国の文化、トロントという街についての理解を深めるために、英語はどうしても必要不可欠な媒介物mediumだったのです。英語を学ぶためにカナダに来た私だったのですが、一旦来てみるとカナダを知るために、より多くの素晴らしい出会いを得るために、英語を身につけなければならない状況にあることに気づいたのです。

つまり、日本にいた時は英語と言うのは外国語(EFL)でしかなく、それも何か特別な、高尚な学問のように考えがちだったのですが、一旦英語圏の中で暮らすようになると英語と言うのは生活に必要不可欠な第二言語(ESL)となったのです。そうしてもう一つ大切なことですが、日本にいた時は日本語を話す側のマジョリティだったのが、カナダに来てマイノリティ(少数民族)の立場に置かれたわけです。このことを自覚することは私にとっては大変重要なことでした。

それからソニアちゃんという4歳の女の子の面倒を毎日見ていたのですが、彼女は私の先生でした。子供は自ら言語を形成している段階なので、いろんな実験を遊びながら試しているんです。非難的にならずに、「間違うことを怖れずに」英語で遊ぶことを学びました。子供は本当に魔法使いです。既成観念がないので、とんでもない造語をつくったり、文の構造も突拍子もないのだけれど、でもその自由さ、クリエイティビティに触れることで、私は受験英語にコチコチに固まっていた頭をほぐしてもらえたと思います。

例をあげてみます。私がソニアちゃんにDid you wash your hands?(手を洗ったの?)と尋ねたとします。するとソニアはI early did thatと答えるのです。所謂「きちんとした」文法英語だったらI already did thatと言わなければならないところです。でもearlyという表現をalreadyとまだ口が回らない彼女が一生懸命言っていると、earlyの方が逆に的確な表現にも取れるのです。「さっきとっくに洗ったよ!」という意味の素敵な表現だと思います。言葉と言うのは生き物です。

そしてある日、6ヶ月ほど経ったでしょうか、本当に突然、ラジオのニュースがはっきりと理解できたのです。まるで日本語を聞いているように、アナウンサーが話ていることがほとんど全部聞き取れるではありませんか!何て不思議!その日を境に、私はまるで新しい耳をもらったかのように、奇跡的に世界が変わってしまったんです。

ちょうどそのあたりから、夢も英語で見るようになりました。自分も夢の中で英語で話しているんです。それから、耳がどんどん音をピックアップするようになったので耳慣れない単語は「それはどういう意味?スペルは?」と尋ねるようにしました。辞書でなく直接会話を通して英語を学ぶことができるようになりはじめたのです。

例えば、私がカナダに来てどうしても分らなくて当時悩んだ単語の一つにprettyがあります。Prettyというと「綺麗」と言う意味しか知らなかった私は、

"That's pretty good!"
"That's pretty much the case."
"Wow! It's pretty interesting!"

などという表現でprettyがしょっちゅう会話の中に出てきても「ナニ言ってるのかなあ」といぶかっていたのです。これはVeryなどと同じように程度をあらわすカジュアルな言い方なんですね。こういう口語的な言い回しこそ本当の生の英語の醍醐味なのですが、これは会話に参加していかないとニュアンスがわからない。

大人の会話が多少出来るようになってからはカナダ人の友達を作るようにしました。カナダ人の友人の一人に高校の英語の教師になるために大学に通っている青年がいたのですが、その人が冗談混じりに「英語が上手くなりたいならコメディ番組を見てジョークがわかるようにならないと」と言うので私はある時期コメディばかり見ていた時期がありました。ニューヨークからのライブ番組の「Saturday Night Live」とか。コメディというのは一人で見るより友達とか家族とかと一緒に見たほうが楽しいし、また意味がわからなければ質問に親切に答えてくれる人と一緒に見ることが出来ればとても役に立つと思います。言葉がすべてキャッチできなくても顔の表情とかジェスチュアとかから「ああ、きっとこんあこと言ってるのかなあ」とguessingすることも効果があります。

Guesswork(推測、山勘)というのは実はとっても大切なコミュニケーション機能です。間違っていてあたりまえだからguessしてみる。何度も何度も試行錯誤を繰り返して行くうちに、気がつくとguessがあたるようになったくるんです。これは言語を体で学習しているうちに脳が自分で言語をプログラムしてゆくからなんですね。
 
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3.言語と文化

外国語を身につけること、それは自分のなかにもう一人の人格を養うようなものだ、と言われることがあります。ある言語を学ぶこと、それはその言葉を話す人々の文化や世界観を理解することなしには不可能であると私は信じています。もう50年も以前のことですが、エドワード・サピアー博士とベンジャミン・リー・ワーフ博士が「言語と思考、世界観ならびに文化とは切っても切れない密接な関係にある」と主張しました。これはサピア・ワーフ・ハイポセシスとして知られ、多くの議論が投じられましたが、今では言語学者、社会科学者のみならずコンピューター関係やAI(人工頭脳)研究者からも彼らの指摘の重要性が認識されています。

私的体験ばかりで申し訳ありませんが、この言語と文化、価値観との関わりに関連して、英語とカナダ文化に接することによって自分の価値観が「目から鱗が落ちるように」変わった例をお話しします。
カナダに来て自分がマイノリティの立場になってから絶対に使わなくなった日本語の表現があります。それは「外人」という表現です。

日本では外国人もしくは混血の人達のことを「ガイジン」と平気で言います。私も昔は何の躊躇も無く言っていました。しかし「ガイジン」という表現の意味するところは言語、文化、国籍を共有しない「よそもの」「日本人ではない」という排他的なニュアンスが隠せません。

しかしカナダに来て「外人」という言い方はもう通じません、だってもし日本的なロジックを応用してみると自分こそがこの国での「外人」の立場にあるわけでしょう。カナダに来て間もない頃に、私はハンサムな白人男性を見ると「ああ、やっぱりガイジンってかっこいいなあ」とか思ったものです。でも、考えてみると変でしょう?英語でもしOh indeed foreigners are good-looking! と外国からやってきてる旅行者が地元の人に言ったら「頭だいじょうぶ?」と言われるくらい変(bizarre)です。

カナダというのはまさに文化、人種、言語、国籍の多様性を国家のアイデンティティとして打ち出してきている国家です。しかし何故か日本人はカナダ人というとすぐにヨーロッパ系のネーティブ・イングリッシュスピーカーと結びつけてしまいがち。これは大きな誤りでカナダの過半数以上の人々にとって大変失礼なことです。先ず英語と並んでカナダの公用語(カナダには国語はありません)に指定されているフランス語を話す人々の独立州でああるケベック州があります。それからイヌイット語を共通語とする先住民族自治州のヌナブトもあります。

カナダ人のなかにはありとあらゆる肌の色、目の色、髪の色、多国籍を持った人々、そして市民権は持たないが永住することを許された多くの移民が含まれます。英語を母国語として話さなくてもカナダ人には変わりないのです。

このようにカナダ人は極めて多様ですから、カナダで話されている「英語」も多様です。これは地域性によるバリエーションもあります。所謂日本で言う「方言」ですね。カナディアン・イングリッシュというのはロンドンで話される英語ともニューヨークで話される英語とも微妙に違います。よく言われるのが「eh?」と文の終わりに「ね、そうでしょう? Isn't it?」という意味で使われる言い方。 "Canadian, eh?" とか。これはアメリカだと "ha?" とか鼻にかける発音になったりします。私がオンタリオ州に住んでいた時は "eh?" を聞くと「ああ、カナダ訛り」とちょっとうんざりしていたのですが、BC州に来てからは懐かしいです。

"Eh" 程度なら訛りですむかも知れませんが、クレオールやインド系の人々の話す英語、それから同じイギリスでもアイルランド系とか、一概に英語と言っても耳で聞いて理解できず、文法まで変わってくる場合が少なくありません。これらの英語を「ひどいアクセントだ。訛りがありすぎて正当ではない。」と簡単に馬鹿にしてしまっていいでしょうか?私はそうは思いませんし、現にインド、フィリピン、ジャマイカ、香港、などなど英語がその国の国語ないしは公式共通語と制定されている多くの国々ではその国で受容され発展したユニークな英語が「自分たちの英語」として標準化され、用いられています。

英語が "World's Lingua Franca" 世界共通語と言われるくらい発展を遂げられた背後には、コミュニケーションの手段としての英語の分散主義と多様な発展を許容してきたという「実利主義」の功があったとも言えるかもしれません。英語と一言で言ってもかなりのバリエーション(たとえばコンピューターの辞書をダウンロードするにしても選択肢は多い)があるように、英語を話す人々の文化も多様です。

非英語圏の人達が英語を習得することは、英語しか話せない人々が知識や技術の習得にその分時間を費やせることを考えれば不利な立場に置かれていると言えるかも知れません。しかし、歴史的に見ても、世界的にモノリンガリズム(単一言語主義)の考えが台頭してきたのはかなり近代のことです。言語と言うのは生活から生まれ、遊びと葛藤のなかから発展するものなので、ただ一つの言語、ただ一つの文化を世界中に伝播させるのは所詮無理な話です。

私はバイ(マルチ)リンガリズム、バイ(マルチ)カルチャーリズムは人間にとって自然な機能であり、社会的にも長期的に見て安定した状態を築く方法だと思います。その方が脳や知覚をさらに発展させ、そして自らの自己認識の枠を広げてくれるのです。本来人間には、おそらく私たちの脳にはバイリンガル、バイカルチャルであることを前提として設定された高次機能があり、まさしくそれをアクティベート出来るかどうかで人類の進歩につながるような、そういったメカニズムを追求し解明することが今こそ望まれているのではないかと思っています。
 
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4.英語と日本語

話題を日本に戻します。

日本人は中学、高校と6年間英語の勉強をしてもほとんど会話は出来ないし、また英語教育が改善されてきているはずなのにTOEICやTOEFULの平均スコア‐が伸び悩んでいる状態です。また、外国人に話しかけられると逃げる、それから英語圏に移民をしている人でも英語を話さない人、話せない人が少なくありません。

日本では親が小さい子供たちにも英語の塾などに行かせる傾向がありますが、実際には普段使う必要がないので「お稽古事」程度で終わっています。英語の勉強をしている人でも英語に触れている時間が少なく、また英語を崇高な学問と考えていて特別なもの、上等なものと見る傾向が強いようです。間違うことを怖れるためにスピーキングのチャンスを逃す、またきれいな発音、きちんとした英語という先入観に支配されていて、分っていることでも言葉にしない、できない。

こういった日本人の英語コンプレックスはどこから来ているのでしょうか?

この問いへの答えは「日本語」自体に少なからず負うところがあると思います。

私たちが母国語として慣れ親しんでいる日本語について考えてみましょう。

私たちが国語、あるいは標準語と呼んで慣れ親しんでいる日本語は明治維新に「文明が進んだ西洋諸国は書く文字と話す文字が一致している」と知識人が認識し、また特にドイツの国家形成の影響を受けて「民族、歴史、文化、言語の統合と一致」をスローガンに掲げて、「言文一致運動」を通じて築き上げられてきた言葉です。当時の日本には共通語はなく、江戸の街で育ったおとし噺や講談などの話芸を通じて九州からやって来た政府の役人らは「東京語」を身につけたと聞きます。また、三遊亭円朝ら第一線で活躍した噺家らが当時の文壇にもたらした影響を忘れることはできません。

こうして西洋に追いつけ追い越せ、近代化の波に乗り遅れるな、先進国としての基盤を確保せよ、とご存知のように上も下もひっくりかえるような社会改革の努力が重ねられたわけです。そして西洋に負け劣らない日本を作るため、国民の心を一つにするために標準化された「共通語」を作り、国家をあげて浸透させてきたのでした。

その結果、今の経済大国日本があります。

しかしその反面、文化や言語を失われ、民族や地域の伝統、アイデンティティを否定されたマイノリティの人々―アイヌ民族、マタギ、琉球諸島の人々、部落民、在日韓国人などなど‐の人権を認めることの出来ない日本ができあがってしまったのも辛い事実です。

私が思うに、日本人と英語コンプレックスというのは、日本人と標準語コンプレックスを「鏡に投影したような」ものではないでしょうか?日本人が「国語」である日本語に対して教え込まれてきた観念、価値、それがそのまま英語学習の上でも先入観として残っている。たとえば、学校で方言を話すと昔は「方言札」とかいうものを下げさせられて、学校では罰を受けたということですが、こういった歴史的に培われてきた「標準語」崇拝のコンプレックスは、外国語に対する同様なコンプレックスをも生み出してきているのではないかと思います。

そして「単一民族国家」というスローガンが「異なるものは劣るもの」と日本の内にある異文化、異民族、歴史の視点の多様性を否定してきた現実に立ってもう一度「国際化」とは何かと言うことを考えてみる必要があります。内なる国際化と呼ばれて久しいわが国ですが、英語も含めて「異なる言語を内包した」日本の現実をポジティブに把握し、対処して行くことから、真のグローバルな人間が形成されるための確実な第一歩が踏み出せるのではないでしょうか?
 
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5.習うより慣れる

学生時代から通訳、翻訳の仕事をしてきた私が自分の経験から生徒たちにいつも言っていること、それは、通訳、翻訳は「習うより慣れろ」だということです。これは語学の習得には「これでいい」ということはなく、一生かけて成長を続けるということに繋がります。

皆さんカナダに滞在されて英語に浸る生活を送られています。毎日、毎日目標を持って、やる気を失わずに、貪欲にいろいろな「異文化体験」に挑戦されていらっしゃることと存じます。

さきほど申し上げましたが、カナダという国の文化、バンクーバーという街についての理解を深めるために、英語はどうしても必要不可欠な「道具」です。道具と割り切ってどんどん使ってください。使えば使うほど自分になじんできます。騙されたと思ってトライしてみてください。そして分らないことがあれば先生方やアシスタントの方にどんどん尋ねることです。それから電子辞書や翻訳機器などを必ず持ち歩くことです。もし何かの単語が発音出来なかったらポンと打ち込んで出てきたものを指差すだけでも良いのです。英語の構文をきちんと話すなどと考えずに先ずワン・ワードでも良いですから会話をしてみることです。ワンワード・コミュニケーションと馬鹿にしないで下さい。ワンワードであろうとファイブワードであろうと、意思の疎通が図れれば結果として言葉は役割を果たしたことになります。そして、おそるおそる言ってみた言葉の意味が通じた時って本当に軌跡が起こったように嬉しいものです。

カナダはありとあらゆる人種と文化を抱擁する大らかさをアイデンティティとして打ち出してきている国です。多くのマイノリティ集団が繋がりあうことによってメインストリーム文化なるものが形成されているのです。

この「英語」というコミュニケーション・ツールをうまく利用して、皆様がカナダに関する理解をより深められ、より多くの素晴らしい出会いを得ることができますよう、そして英語と言う「道具」を通じてここで得られた知識、体験、人の縁が、日本に帰られてからもまるでもう一人の新しい人格が育まれていくように、日本にいながらにして世界に繋がっているという皆様の実感とグローバルな視点の礎となりますよう、心から応援しています。

Good luck, and enjoy your stay in Canada!

 
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