こんにちは。私はカウンセラー サービス カナダというクリニックでカウンセリングをしている熊谷良子です。みなさんはカウンセリングというのは一体何かご存知ですか?カウンセリングと聞いてどのような事を思い浮かべますか?色々な意見があると思います。中には精神に異常がある人が行くところとか、普通の人は絶対に行かないところとか、何か特別な所のように思っている人もいるようです。もちろん私の所に来る方の中には本当にシリアスな、根強い問題を抱えているかたもいます。でも大半の人達は私やあなた方のように、普通に学校に通ったり、生活している人達なのです。
みなさんの中に生まれてから一度も迷ったり悩んだりした事がないという人はいますか?人は問題に直面したり、迷ったりした時、途方にくれたり、自分を見失ったりするものです。カウンセリングというのは、そういう問題を話し合い、掘り下げ、又は、その問題をいろんな角度から見つめなおし、解決の糸口をカウンセラーとクライアントが二人で見つけていく場所です。普段私たちが何気なく考えている事や、感じていることを人に話したりする事によって再認識したり、また時には新しい発見があったりします。カウンセリングというのは"自分を見つめなおす場所"なのです。アドバイスをしてもらいに行く所、と言うよりは、自分の中にある答え、今は問題が大きすぎて見えなくなってしまっている、その答えをカウンセラーと一緒に掘り出す作業とも言えるかもしれません。
私のクライアントさん達の中で一番多い悩みの一つに"自分に自信がもてない"というものがあります。それが悪い方向に進むと"自分が嫌い"という事になります。理由は様々ですが、一人の彼女(Aさん)の場合は人とうまく話せないというのです。"それはどうして?"と尋ねると、"私と話したって誰も楽しくないから"と答えました。Aさんはうまく自己表現できないという悩みを抱えていました。日本では人に合わせてニコニコしていたらなんとかやってこれたけれど、こちらでは自分の意見をもっていないと誰も相手にしてくれないというのです。そういう思いが彼女にとって強いプレッシャーとなり、グループで会話したりする時に、"何か気の利いた事を言わなきゃ"と気持ちばかりあせり、結局、何も発言できなくさせていたのです。こういうケースは少なくありません。私はこういうケースに出会う度に少し前の自分を思い出してしまいます。
私が始めてカナダに来たのは、高校生、16歳の時です。来た当初、何もかもが新鮮だった半面、文化の違いや習慣の違いに戸惑うことばかりでした。そしてその悩みの一つにAさんと同じ様に自己表現の仕方というのがありました。日本にいる時は決しておとなしいほうではなかったはずなのに、こちらに来たとたん自分をうまく表現できず、落ち込む事もしばしばだったのです。自信がなくなりました。自分が嫌になったりもしました。"どうして私はこうなんだろう"とか、"もっと強くならなきゃ"と自分をせめてばかりだったような気がします。
そうしているうちに、自分がとても弱い人間のように思えて、自分が確かにもっているはずの強さを見失ってしまったのです。そしてそういう自分の悩みを隠して生活しているうちに、持ち前の楽天的な性格も手伝っての事か、その悩みは麻痺してしまい、"隠れた劣等感"というものに形を変えてしまいました。その劣等感は普段生活している上では姿をあらわす事なく、でも確かに私の中に存在しているというたちの悪いものでした。それは根強く、自分に対するイメージにも影響を与えて、人には見せない、自分の中の影の部分になっていたようです。そしてそれは、自分では気づかないうちにそれはどんどん膨らみ、日本人である事にも劣等感を感じるほどになっていたのです。今考えるととても怖い事です。
そのわけの解らない、怪物のような劣等感から、ときはなってくれたのが"カウンセラーになる"という事でした。みなさん、"えっ?"って思うかもしれませんね。だって普通は自分の問題を、全て解決している人が人を助ける、カウンセラーという職業を選ぶものだとおもうでしょう?でも私の場合は違ったのです。カウンセラーという仕事に興味を持ち始めた頃の私は、心理学の知識や他人の事ばかりに心を奪われ、自分自身の問題には、目を向けようともしませんでした。どこかで、現実逃避をしていたのかもしれません。そして、すごく、ある意味、人に対して批判的でもありました。自分に対しても、"こうあるべきだ""こうするべきだ"、とか、"こんなことは絶対にすべきじゃない"とか、今思うと、とても息苦しい生き方を強要していたような気がします。 カウンセラーになるための勉強を始めてからが、私の本当の意味での成長でした。カウンセリングの勉強をするという事は自分について学ぶ事、自分の文化について学ぶこと、自分を知る事だったのです。毎日が新しい発見でした。自分を直視するのって、なんて勇気がいる事なんだろうと思いました。そして一番大きかったのが、私の今のスーパーバイザー(個人指導教官)との出会いです。彼女はエクスプレッシブアートセラピストで、私が通っていた学校の先生でした。エクスプレッシブアートセラピーというのは、言葉だけではなく、絵や粘土、音楽や動作、又はドラマなど、様々な表現方法で自分を見つけていく、セラピーの事です。絵を描いたりしても、それを分析の道具として使うわけではなく、あくまでも、自由に自分を表現するのが目的です。彼女は色々な方法で、自分を表現する事を教えてくれました。そして自分を受け入れて、認めてあげることの大切さも教えてくれたのです。
私の日本人としての劣等感も、時間はかかりましたが、日本人としての誇りに変化していったのです。日本で生まれ育ったからこそ、持つ事ができた、自分自身のすばらしいと感じられる部分。そして私の中に私独自の"文化"が生まれました。それは日本人としての文化であると同時に、カナダで学んだ新しいものでもありました。そして、自分にあった自己表現の仕方を学びました。彼女とは、もうかれこれ、4年近くお付き合いさせてもらっているのですが、今でも学ぶ事ばかりですし、驚かされる事ばかりです。彼女は子供相手のセラピーをすることも多く、彼女自身が、子供の心を持ちつづけている、人間的にも、とても魅力的な人です。子供の心をもち続けるという事は、本当に大切な事なのだなと、彼女に会うたびに、つくづく感じます。
人それぞれ顔も性格も違うように、自分を表現する方法も違います。大切なことは自分自身の正しいイメージを心に持つことです。人間誰でも、失敗することはありますし、弱気になる事だってあります。でもそれはその人が駄目な人間であるという事ではないし、弱いという事でもないのです。心が弱ってしまっている時はそれを認めてそして一日も早く強さが戻ってくるようにケアしてあげましょう。自分の心に常に目をむけてあげる事が大切です。少しでも嫌だな、違うぞと思うことがあれば、それを見逃さないことです。それは心が発しているサインです。見てみぬふりをしていると、その感情は麻痺してしまい、とりかえしのつかない事になってしまいます。自分の心に快適な環境を作るように努力する事が大切です。
Aさんの話に戻りますが、彼女もやはり自分に対する間違ったイメージを持ってしまっていました。そしてその間違いに気づいた今、もっと正確なイメージを持ち始めました。そして今は自分をだんだんと好きになってきたようです。そして失いかけていた自信を取り戻し、今では自然に人と接する事ができるようになりました。私はカウンセリングを通じて、色々な人に出会ってきているわけですが、今までのクライアント、全ての人達から、何か1つは学んでいます。私は、そういう時、カウンセラーの道を選んで本当に良かったなと実感します。カウンセリングは人をヘルプする仕事ですが、自分自身もまた助けられたりしているなと感じます。そして彼女達と一緒に成長していける事を、とてもうれしく思うのです。私は、この仕事を始めてまだ間もないのですが、これから出会うであろう人達の事を考えると、とても楽しみです。 |