私は10年前、23歳でバンクーバーに来ました。日本では、短大を20歳で終わって、普通に就職して、某証券会社で証券レディをしていました。でも、いつも「自分は何がしたいのかな」と思っていました。4年勤めて、パッと辞めて、ワーキングホリデーでカナダに来ましたが、それは働きながら遊べるから。でも初めは働くわけでもなく、ボーっとしていました。何かしようと、半年間、普通の語学学校に行きました。そこでスイス人、メキシコ人、ドイツ人など、たくさんの人に出会い、それはとても良かったのですが、カナデイアンとは接触がありませんでした。
さて、会社に勤めていた頃からずっと、「自分は何がしたいのかな」と思っていたと言いましたけれど、実はカナダに来た大きな目的には、「北米の心理学を勉強する」ということがありました。まず手始めにと、ダグラス・カレッジの普通のコースに入ったのですが、「ここで終わるのはいやだな。自分は短大を出ているんだし、ちゃんと大学で学位を取りたい」と思い、UBCの心理学科に編入しました。これは日本人があまりいない環境でした。
この頃、心理学科のある教授の研究アシスタントをしました。この人は、ヨーロッパ系カナダ人と日本人の「self-esteem(セルフ・エステイーム)」の比較研究をしていました。Self-esteemという概念についてはまた後で触れますが、教授が言っていることを簡単に言うと、日本人にはselfという観念がない。カナダ人はselfというものを持っている。結局、日本人は、「周りにいる人が自分をどう思ってくれているか」を通して自分が何者なのか知る、周りが「いい子」と言ってくれるから自分は「いい子」でいられる、周りにいる人が自分が何者なのかを浮き彫りにしてくれる。このように、日本人にとってのselfとは、他人との関わりがないと「ない」もの、ということでした。
カナダに来て私は、「私は日本人、でもカナダに住んでいる、でも女の人、20代半ば、英語も話せない」などと考えて、中学生ぐらいの人が経験するのと同じアイデンテイテイ・クライシスを経験し、自分が何者なのかわからなっていました。でもこの研究に触れ、自分が何者なのか考え、わかるようになりました。今思えば、一回ぐしゃっと崩れたからこそ、一から自分を模索して、自分がわかるようになったのでしょう。
卒業後は、たまたま建材の会社に入りました。そして四年後に独立し、ログハウスをカナダから日本に輸入する会社を設立しました。今は、建材が高くなってきているので、辞めるのではないけれどこの仕事は置いておいて、新しくフランチャイズをやろうと思っています。あと、実は今、法学部に入って勉強もしようと思っているのです。将来は弁護士になって、カナダで困っている日本人を助けたいのです。
このように私はいろいろやってきたけれど、この元気のもとは、UBCの時につかんだself-esteemというコンセプトだと思っています。みなさんはself-esteemという言葉を知っていますか。多分、知らないのではないでしょうか。言葉を知らないと、そういうものがあるということを知らないものです。例えば私たち日本人は、虹は七色だと思っているけれど、アフリカのある地域の人たちにとっては、虹は三色なのです。この人たちの言語には、三つしか色を表す言葉がないから、虹を見ても三色しか見えないのです。同じように、日本語にはself-esteemにあたる単語がないので、日本人はそういうものがあることを知らないのです。
この概念をわかってもらうために、聞いてみましょう。あなたは自分のことが好きですか。首を傾げていますね。それでは嫌いですか。まだ首を傾げていますね。では、好きでも嫌いでもない、中間ですか。やっとうなずいていますね。
Self-esteemという語に一番近い日本語の単語は、「自尊心」でしょうか。Self-esteemとは、自分にどれくらい良い評価を与えてあげられるかという力です。何か苦しいことがあっても、「僕だったら絶対解決できる」と、自分を信じてあげることのできる力です。例えばバンクーバーに来ている日本人は、日本のなまぬるい環境を捨てて来たのでしょう。Self-esteemを持つことは、そういう自分をかわいいと思ってあげることです。
日本にいると、誰でも他人に流されがちです。皆がこうするから自分もこうしなければならないんじゃないか、流行りの髪形をしなければいけないんじゃないか、女の子の場合は25〜26歳ぐらいから、結婚して子供を産まなければならないんじゃないか、などと考えます。でもself-esteemがあれば、私は私、でやっていける。Self-esteemは、わがままのことではありません。たとえ流行りの髪形をしていなくても、「だから何?」と、自分自身でいられるということです。日本語にないから、感覚でしか説明できません。でも、私はこのコンセプトを理解することができたから、ここまでやってこられたのだと思います。
でもself-esteemはすごく敏感で、せっかく一生懸命積んできても、いろいろなことでこわれてしまいがちです。テストの結果がだめだったとか、彼にふられたとか、いろいろなことでガラガラと崩れてしまうことがあります。それでも一度積んでおいた人は、そんな時にも、また崩れたものを積み直そうという気持ちになります。一度積んだself-esteemは、このように、心の中のお守りというか、力というか、マグマ、力のもとと言えるでしょうか。
それに、self-esteemを持っていると、自分の目、自分の耳で確かめて進路を決めることもどんどんやるようになってきます。友達と一緒にいると、例えばあなたが「カナダの大学に行きたい」と言っても、「本当にできるの?難しいよ」などと言われれば、足の引っ張り合いとまでは言わないけれど、お互いに他人の意見が頭の中に入ってきてしまう状態になります。でも、self-esteemがあれば、「いや、自分はしたい。自分にはできる」とまず自分を信じてあげて、そこから資料を集めたり、先輩やいろいろな人から話を聞いたりと、自分で情報収集に動き出すことができます。できるほうが、将来のために良いのです。もちろん、友達など人の意見を聞いて考えることは必要です。でも、意見を聞くのと、ネガテイブに影響されるのとは違います。
今思うと、日本で会社勤めをしていた時は、プロという意識があったからではなく、「上からのムチが怖いから」「お給料がほしいから」働いていたのだと思います。その点、カナダ人のボスは、部下のプロとしてのself-esteemを尊重しますね。学校でも、先生が学生の批判精神(critical
thinking)や、時には先生にくってかかるほどのチャレンジ精神を奨励しますが、これも学生のself-esteemを尊重しているからではないでしょうか。
でも、せっかくこのコンセプトが理解できても、日本にself-esteemというコンセプトがないから、「もし日本に帰ったら私ははみ出し者かな」とも思いました。将来は日本に帰りたいという考えがありましたから、ジレンマ、葛藤があってつらい時もありました。日本に行くにしても、自分が白人のカナダ人であればまだ良いけれど、そうではなく、自分は日本人だし、女性だし。
でも、今はつらくありません。もうカナダの永住権を取り、カナダでやっていくことに決めましたから。今は、自分は「カナダに住んでいる日本人」だと思っています。カナダも好きだし、日本も好きです。日本を捨てたわけではありません。時々、「日本人は嫌いだ」と言う日本人がいますが、そのような人は多分、自分の中の何かが嫌いなのでしょう。かわいそうな人だと思います。そう思うのはその人の勝手だけれど、自分のself-esteemにとっては良くないから、皆さんには「日本人嫌い」になることはお勧めしません。
また、自分の中の基本的な部分が受け入れられない人は、不安定で、他人と自分を比べた時に他人をおとしめることを言います。例えば「あなたは太っている」「背が低い」など、相手が変えられない点を突いてきたリ、「こんなこともできないの」などと相手の能力を決めつけるような批難をしてきます。これはパワー.トリップと言って、このようなことをする人は「他人を下にしないと自分が上に上がれない人」です。つまりはself-esteemのない人です。そういう人には寄っていきたくないものですね。逆にself-esteemのある人は、友達に持っても恋人に持っても良いもの、自分にとっても良いものです。
最後に、self-esteemを持っていれば、人からネガテイブなコメントをもらっても、ちょっとしたことで傷つかなくなります。Self-esteemを持つことは、傷ついてもムリして乗り越えることではなく、「傷つかない自分になること」です。また、何を言われてもニコニコして言い返さないことでもなく、「言い返すけれど傷つかない」ことです。私の友達で、「あなた、今から法学部に入るの?無理じゃない?」という人もいます。でも私は、自分の経験、学力、情熱からいって、きっとかなうと思っています。一度しかない人生だから、いつも与えられたものをベストに使って行きたいものです。「前の方が楽しかった」ではなく、「今のほうが楽しい」と言える自分を、毎日努力して作っていく必要があります。人は決して後戻りすることはできないのだから、ゆっくりでもいいから絶対前に進んでください。ゴールに直進するのではなく、曲がりくねりながらでも良いから。
そして、カナダ人はself-esteemという宝物を持っているから、ぜひカナダ人と友達になって、そのコンセプトを彼らから学んでください。これを学ぶのはすごく難しそうだと思いますか。でも皆さんは英語をカナダ人から学ぶでしょう。「英語を習うのと一緒に、これも習って帰ろうか」と思うか、「英語だけで、こっちの方はいいや」と思うかの違いです。私は、カナダに来てこのコンセプトに触れられたのはラッキーだと思ったから、学びました。皆さんにもぜひそうしてほしいと思います。
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