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加藤恵津子さん:
2001年度UBC心理学科・日本研究センター研究員、
現・国際基督教大学教員
 

日本人青年一時滞在者の期待と現実 - 実地調査の結果から - (2002年2月)
2002年2月28日 企友会・移住者の会 共催講演会於 隣組

1.はじめに ▼
2.方法論 ▼
3.日本人青年一時滞在者一般に見られる「渡航動機」 ▼
4.「アイデンテイテイ・デフィシット(不足)」とグローバル化 ▼
5.日本人青年の海外生活を暗転させる要因 ▼
6.むすび:日本人・日系人コミュニテイができることは? ▼

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1.はじめに

日本にもっとも近いカナダの都市の一つとして、バンクーバーは、一九〇〇年前後より多くの日本生まれの日本人を惹きつけて来ました。第二次大戦後に限って言えば、バンクーバーに渡ってくる日本人には、二つの大きなグループがあります。一つはここにいらっしゃる皆様の多くがそうであるように、「移住者」で、特に一九七〇年代半ばから一九八〇年代半ばにかけて、ピーク時には年間千人ほどもの大勢の方が移民としてカナダに渡られたと聞いております。

円グラフ1
 
円グラフ2
 
Made by Kato based on statistical data from
Canadian Embassy in Japan
 
第二のグループは「一時滞在者」、つまりビジター、学生、そしてワーキングホリデー・ビザを持つ方たちで、一九八〇年半ばから一九九〇年代を通して、ずっと増加してきています。「ワーキングホリデー」とは、日本とカナダの間の場合ですと、両国間の協定に基づき、一八歳から三〇歳までの両国の市民が、相手の国で、一二ヶ月までの就労ビザを持って滞在できるという制度です。日本・カナダ間では、一九八六年に開始され、現在では年間におよそ五千人の日本人青年がカナダに渡っている一方、カナダから日本に渡る若者は千人に満ちません。そしてこの五千人のワーキングホリデーの日本人青年のうち、半数以上が、カナダの諸都市の中でもバンクーバーにもっとも長く滞在すると考えられています。このワーキングホリデーの青年たちの他に、バンクーバーでは数千人の日本人学生が、英語学校、高校、カレッジ、大学などに通っています。これらの状況を考えると、バンクーバーの日本人一時滞在者は、一般的に「若い」人たちと言うことができます。ご参考までに、在日カナダ大使館が発表した、2001年のビザ発行に関するデータをグラフで示しておきます(円グラフ1、2参照)

バンクーバーの「日系カナダ人」の数はおよそ二万二千人(一九九六年時点)と報告されていますが、「一時滞在者」の数を把握するのは非常に困難です。というのも彼らには、地理的な移動が多かったり、滞在期間が千差万別だったり、領事館に在留届を出さなかったりという傾向があるからです。私が二〇〇一年に聞いた一つの推測では、ダウンタウンのウエストエンド地区だけでも、観光客の方もふくめてでしょうが、年間に一万人が「一時滞在」をすると言われます。

このように数で言えば、若い一時滞在者は目立つ存在なのですが、バンクーバーの日系コミュニテイが彼らに対して払ってきた関心は、そんなに大きいとは言えないと思います。その理由は様々のことでしょう。第一に一時滞在者は、カナダでの滞在期間が限られているという点で、日系人にとって「あまり共通の関心事がない人たち」でありましょう。しかし実際には、私が見るところ、一時滞在者は滞在を引き伸ばし、数年に渡ってカナダに住むこともしばしばです。また、多くは一、二年の就労ビザすなわちワークパーミットを取りたい、またはそれを足がかりに永住権を取りたいという希望を口にします。さらに、「ビジター」ビザを持つ人は必ずしも短期滞在者ではありません。というのも一時滞在者は、よくビジタービザから学生ビザに変更したり、逆に他の種類のビザからビジタービザに変更したりして、滞在を延長するからです。また、少なからぬ人たちが日本とカナダの間を半年や一年おきに行き来していますが、その度に違うビザを持ってカナダに戻って来ます。このような若い世代の出現により、「ビジター」「一時滞在者」「移住者」の間の境界線は、今どんどん曖昧になってきています。

バンクーバーの日系人が一時滞在者とコンタクトをとるのにあまり積極的ではない他の理由としては、おそらく、日系人にとって一時滞在者は、「面倒な人たち」というイメージがあるということがありましょう。実際、日系人が一時滞在者についての話を聞くことがあるとしたら、入院したとか、警察に保護されたとか、非常時のシェルターや通訳が必要だとかいったトラブルの事態であることが多いと思います。しかしこういった現象は、一時滞在者は特にトラブルに合いやすい、ということを意味してはいないでしょうか。もしそうだとしたら、日系人は彼らから顔を背けるのではなく、逆に助けの手を差し伸べる必要があります。

今日は、バンクーバーの若い日本人一時滞在者が直面しているいくつかの問題についてお話します。私が特に挙げたい疑問点は、四つあります。まず、なぜ彼らはカナダに来るのでしょうか。次に、彼らはどのような困難、特に心理的な困難を体験しているのでしょうか。三つ目は、バンクーバーに来て人生が暗転する青年もいますが、そこにはどのような要因があるのでしょうか。そして四つ目は、日系人コミュニテイは、若い一時滞在者に対して何をすることができるのでしょうか。
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2.方法論

今日のお話は、昨年四月に始まる、私のUBC研究員としての一年間のリサーチに基づいています。私は「青年日本人一時滞在者のメンタルヘルスとサブカルチャー」というタイトルで、おもにインタビューすることと、街中で青年たちを見つめることを通して、リサーチを進めてきました。インタビューを受けてくれる青年は、バンクーバー新報、ウップス、バンクーバートウナイトといったメデイア、またコンビニ屋やいくつかの留学センターの掲示板を使って広告募集し、最終的に五十五人に、ひとり一時間半から三時間にわたる詳細なインタビューを行いました。

円グラフ3
 
円グラフ4
 
円グラフ5
 

広告募集は二段階に分けて行いました。まず四月に、「一時滞在のビザを持ち、アメリカも含む北米に一年以上滞在している、またはそれを予定している若者」を募集しました。この時、学生の中でも大学や大学院の学位プログラムに所属する人は、マイノリテイにあたるので除外しました。この広告に対し、八〇人から一〇〇人が応答してくれて、私はそのうち四一人にインタビューしました。次に九月に、今度は「北米に来てから、マリファナ・ドラッグ・アルコール依存、望んだのと違う異性関係、学校や仕事に行きたくない、のどれかを経験した人」という、より特殊な条件を付け加えて募集したところ、一四人が応答してくれて、私はこの全員にインタビューしました。ご参考までに、最終的な五十五人のインタビュイーのビザステイタス・性別・年齢層による内わけを、ここに記しましょう(円グラフ3、4、5参照)。

インタビューに加え、私は主にロブソン通り周辺で、よく若い一時滞在者を観察しました。また、二〇〇一年夏に、人権委員会の仲間とソーシャルサービス・ネットワークを設立して以来、相談事のある青年から時々電話を受けるようになりました。一度は、誰に相談していいかわからず、たまたま「移住者の会」のホームページを見た、と言って、カナダに留学中の家族のメンタルヘルスを相談するメイルを、会長さんに送って来られた日本の方があり、この方と数日間、メイルや電話でお話をしたこともありました。時にはインタビュー相手がついでに私に相談をすることもありましたし、逆に、ソーシャルサービスを通してお手伝いした相手が、後にリサーチ・インタビューへの協力を自ら申し出てくれたこともありました。

このように、この一年、私のリサーチャーとしての活動と、一種のソーシャルワーカーとしての活動は、オーバーラップするところがありました。が、相手のプライバシー厳守という点はどちらにも共通です。またインタビューを受けてもらう時は、目的はカウンセリングでなく、私の研究とその出版、また日系コミュニテイで一時滞在者へのサービスを考える時のヒントにすることをはっきり言い、相手の了承を取り、インタビューには謝礼を払いました。

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3.日本人青年一時滞在者一般に見られる「渡航動機」

バンクーバーに来た目的を尋ねた際、ビザの種類にかかわらず、インタビュイーからもっとも多く聞く答えは、「英語を勉強するため」と「海外生活を経験したかった」でした。インタビュイーの多くは、以前に海外旅行やホームステイの経験があり、その時に「海外でもっと長く暮らしてみたい」という希望を持つようになったと言います。

ワーキングホリデーの青年について注目すべきは、日本とワーキングホリデー協定を結んでいる英語圏の国、すなわちオーストラリア、ニュージーランド、カナダを、次から次へと「はしご」する傾向があるということです。韓国とフランスも一九九九年以来、日本とワーキングホリデー協定を結んでいますが、英語圏ではないため、日本人青年の間で、渡航先としてはプライオリテイが低い傾向にあります。このような状況では、ワーキングホリデーの青年の間で、カナダまたはバンクーバーは、英語圏であるということ以外に特別なアピールはないように見受けられます。実際、私が「こちらに来る前に、カナダに対してどんなイメージを持っていましたか」と聞くと、ワーキングホリデー、また他の一時滞在者からもっともよく聞く答えは、「特にない」でした。次によく聞く答えは、「アメリカに比べ安全、生活費が安い」といった、アメリカとの相対的な比較に基づく判断や、「寒い、大きい」といった大まかな客観的描写でした。また、カナダの他の都市でなくバンクーバーを選んだ理由は、「他の街に比べ気候が穏やか、日本に近い」というものでした。大多数にとって、他の場所に比べてどうしてもカナダやバンクーバーでなければいけないという理由がなさそうであることが、印象的でした。

さて、「なぜ」英語を勉強したいのか、または英語圏に住みたいのか、ということに関しては、そうすることによって将来のキャリアや人生をよりよくしたいという、明確で具体的な見通しを持っている人もいました。が、何がゴール(たとえばある分野の専門家になること)で何がそれに至る手段(例えば英語力をつけること)なのかに関して、混乱していたり、よくわからないと言う方が多くいました。英語を勉強することを、「取りあえず」の目標だと言う人もいれば、それを人生の究極の目標のように語る人もいました。そしてどちらの人たちも、「なかなか英語が上達しない」という悩みをよく口にしました。しかし、会話が進んで行きますと、多くの人が、本当の悩みと思われる、あることを口にしました。それは、「やりたいことが見つからない」というものです。「本当にやりたいことがわからないのに、英語を勉強しても意味がない」とはっきりと言う人もいました。このような若者は、何をしたらいいのか自分の国では見つからないが、外国に行けば見つかるのではないか、という期待を持って、カナダやその他の国にやって来るかのようです。
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4.「アイデンテイテイ・デフィシット(不足)」とグローバル化

この若者たちが経験している困難は、心理学者バウマイスター(1986)の言う、「アイデンテイテイ・デフィシット(不足)」にあてはまります。バウマイスターによれば、「アイデンテイテイ・クライシス」には二種類あります。一つ目の「アイデンテイテイ不足」とは、「自分に対する定義が不充分であること」で、「これといった目的や価値観へのこだわりが欠如している」という特徴があります。このようなこだわりがなければ、人は、内的な、一貫した「やる気」を持つことはできません。この種のアイデンテイテイ・クライシスは、思春期の青少年や、ミッドライフ・クライシスの中年に見られます。

二種類目のアイデンテイテイ・クライシスは、「アイデンテイテイ・コンフリクト(葛藤)」です。これは、「自分に対する定義が複数あって、それらが両立しないこと」です。移住者が、生まれ育った文化と、移住後の土地の文化との両方に関わり、その板ばさみに苦しむのは、その典型的な例です。

ここで注目したいことが二つあります。一つは、移住者は通常、「アイデンテイテイの葛藤」と結び付けて論じられることが多いのですが、私のインタビュイーに関する限り、問題なのはアイデンテイテイの「葛藤」ではなく、「不足」だということです。第二に、バウマイスターは「アイデンテイテイ不足」を思春期の青少年と中年に結び付けて論じ、対照的に二〇代と三〇代を、人生の中でもっともアイデンテイテイが安定した時期として描写しています。しかし、私のインタビュイーはほとんどが二〇代で、中には三〇代の人もいます。

私の見る限り、ここでは二つのことが並行して起こっています。一つは、かつては思春期の青少年の特権であった「モラトリアム」が、日本とカナダを含む多くの先進国で、もはやそうではなくなっているということです。マシューズ(2000)によれば、今日の世界では、「我々は、選択する以外に選択肢はない。許されているから選ぶするのではなく、選ばなければいけないから選ぶのである。選択は解放ではなく、多くの人にとっては、しかたがないからやること、なのである」。言いかえれば、「自分が本当にやりたいことをする」のは、権利ではなく義務であって、多くに人にプレッシャーをかけ、彼らを悩ませているのです。それでいながら日本では、私のインタビュイーたちの言葉を借りれば、「何歳までに何をしないとけない」という昔ながらのプレッシャーが、親や社会から若者にかけられています。この点で、私のインタビュイーの多くは、カナダを一種の避難所のように感じているようです。すなわちカナダは、彼らの描写する所では、「個人主義にのっとってい」て、「他人が何をしようと気にしない」国、「何歳で学校に入りなおしても、人生のコースを変えてもいい」国なのです。

第二に、ある国の「アイデンテイテイ不足」の若者たちが、あまり心理的な緊張を感じずに、他の国に容易に移動することを可能にする、全世界的な傾向があります。マスメデイア、インターネット、大衆旅客輸送手段の発達は特にこの傾向に多大な役割を果たしています。
 マスメデイアは、見知らぬものをなんでも家庭まで運んできてくれてしまいますから、外国が外国であることを見えにくくしてしまいます。また、匂いも暑さ寒さも運ばない、無機質なメデイアにのせられると、外国の異なる場所の間の違いや、旅行で訪れることと住むことの違いなども見えにくくなります。

インターネットは、マスメデイアとオーバーラップする部分があると同時に、マスメデイアよりももっと能動的に人を参加させます。ですから、日本でコンピュータの前に座っている人が、外国が外国であることがピンと来ないまま、ロイヤルバンクの口座を開いたり、バンクーバーでの住居や職を見つけたりすることができ、日本にいながら「海外生活を始める」ことができてしまいます。

そしてJALは一日に五便?成田からバンクーバーへ飛んでいます。一昔前までは、「人生の目標を探す旅」は、ほとんどの人が自分の国を出ずしてやっていたことでしょうが、このような現在の環境では、「自分さがし」ないし「人生の目標さがし」は、誰が、世界中のどこに行ってやっても、不思議ではありません。

「アイデンテイテイ不足」の解決の道が、国際的なレベルで模索されるようになれば、「混乱」もまた国際化すると言えます。インタビュイーの中には、将来どの国に落ち着きたいか、どのような仕事に就きたいか、カナダでは最終的にどのようなステイタスを得たいか、など、何を聞かれても「場合による」と答える人が何人もいました。彼らは、将来の計画を立てるに当たって、どの要因に優先権を与えればいいのか、決心しかねているように見えました。

ここで二つの例をご紹介しましょう。

ユウスケさんは30歳の男性で、以前カナダのあちこちを旅行したことがあり、現在は学生ビザでバンクーバーに住んでいます。彼はイギリスで英語を二年勉強し、多くの国を旅行しました。オーストラリアで、最初10日間だけの予定が、思いがけず二ヶ月も滞在したことがあります。

例1:ユウスケ
(30歳、男性、観光ビザ→学生ビザ、カナダ生活通算9ヶ月、日本では飲食店経営)


加藤:勉強するのになぜバンクーバーを選んだのですか。

ユウスケ:気候がいいから。前カナダに来た時、永住したいなと思って、実際トロントでは就職口もあった。でもむこうは気候が厳しいから、こっちにした。バンクーバーに来た時、何を勉強しようかなと思った。美容、ツーリズム、TESLと三つ選択肢があって、TESLにした。日本に帰って自分の英会話学校を開く時につぶしが利くかな、と思って。でも、本当に日本に帰っていいんだろうか、こっちの方が自分に合ってるんじゃないか、とも思う。

加藤:いつから海外に永住することを考え始めましたか。

ユウスケ:日本にいた時から、永住権をくれそうな国は、どこでも考えていた。

加藤:オーストラリア旅行は、永住の下見も兼ねていた?

ユウスケ:兼ねていた。


加藤:去年バンクーバーに来た時、永住は頭にあった?

ユウスケ:あった。けれどいざ決めるとなると、考える。完璧にやりたいものがないから、ぐらついている。ここでは人の目を気にしなくていいというのはあるけれど、もしそれだけが移民する理由だったら、日本にいた方がいいんじゃないだろうか。それにもし移民するのなら、ツーリズムを勉強すべきだった。


二つ目の例は、ヨウコさんという、ビジタービザを持つ27歳の女性です。彼女は三度、日本とカナダの間を往復していますが、1度目は学生ビザ、あとの2回はビジタービザを持ってきました。彼女は通算で一年10ヶ月バンクーバーに住んでいます。

例2:ヨウコ
(27歳、女性、学生ビザ→観光ビザ→観光ビザ、カナダ生活通算1年10ヶ月、日本では幼稚園の保母)


加藤:お電話では、ワークパーミットを取りたいとおっしゃっていましたが。

ヨウコ:いろいろ考えている。またワーキングホリデービザで来ようかとも思うけれど、それだと将来につながる仕事は得られないだろう、と葛藤中。もし今のスキー学校の日本人インストラクターの一人が辞めれば、私がインストラクターとしてワークパーミットがもらえると思う。でも他の国で働くことも考えている。インターネットで、イギリスで保母さんの求人があるのを見付けたから、面接を受けようかと思う。イギリスにはあまり行きたくないけれど。

加藤:なぜ行きたくないのですか。

ヨウコ:英語が違う。それに人が冷たそうだし、物価が高い。

加藤:日本で [また] 働くことは考えないのですか。

ヨウコ:全く考えない。日本に帰っても何をしていいかわからない。この点で、ここにいると、やりたいことがきれいに見えてくる、学校に行きたいとか、貯金したいとか。


ちなみに、彼女は「何のために」学校に行ったり貯金したりするのか、という部分までは語りませんでした。

ユウスケさんもヨウコさんも、彼らと同じように二国間を往復している他の若い一時滞在者も、海外滞在のあいまには、普通、日本に帰ってパートタイムや自営業で働き、次の海外滞在のために貯金をしています。彼らは、自分たちが日本に帰ることを、冗談めかして「デカセギ」と言います。

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5.日本人青年の海外生活を暗転させる要因

「アイデンテイテイ不足」を未解決のまま、海外に滞在すると、時には人生が暗転することがあります。バンクーバーで、一時滞在者、特に女性にもっともよく見られるネガテイブな生活パターンは、カナダ人パートナーとの不平等な関係です。ヒロミさんは26歳の女性で、今までに3回、それぞれワーキングホリデービザ、ビジタービザ、学生ビザを持ってバンクーバーに来ました。はじめは「英語を勉強するため」でしたが、次第に真剣に人生をかけるものを求めるようになりました。3回目にカナダに来た時、カナダ人のBFと暮らし始めましたが、やがて、彼が皿いちまいも自分では洗わず、彼女に洗わせることに疑問を持つようになりました。彼女はまた、身体的に彼に脅されたこともあります。彼女は、日本にいた時の自分はこんなに受身の人間ではなかった、と言い、「今の私は本当に私?」と言います。

例3: ヒロミ
(26歳、女性、ワーキングホリデービザ→観光ビザ→学生ビザ、カナダ生活通算2年4ヶ月)


加藤:彼は自分に釣り合っていると思いますか。

ヒロミ:「カナダにいる私」とはつりあっていると思う。

加藤:「カナダにいる私」とはどういう「私」ですか。

ヒロミ:言葉ができない。外国人であること。あと基本的に権利がない。

加藤:どういう権利がないのですか。

ヒロミ:日本にいれば、当然好きなところで働けるし、好きなだけ学校にも通えるし、選挙権もある。こっちでは私は保険すらない。


一時滞在者が、この例のように、自分を低く見る傾向は、二段階で説明できます。まず、いくつかの心理学の研究が主張するところでは、一般的に日本人の「セルフ」に対する感覚は、状況に依存する傾向がありますが、これは、北米人が「セルフ」を状況とは切り放された、一貫した存在としてとらえるのと対照的だということです(マーカス&北山、1998)。もしそうであれば、状況とは切り放された「セルフ」を前提とする、「人権」とか「セルフ・エステイーム」という考えは、日本生まれの日本人一時滞在者には、なじみにくいものでしょう。そして、ひとたび北米にくれば、彼らは北米人の基準でいえばセフルエステイームが低く見えたり、人権を要求しないように見えたりするわけですから、北米人にとっては、容易にコントロールできる相手であるわけです。

例えば、アメリカの心理学者の書いた本によれば、「セルフ・エステイームの低い人は、自分が何者かという確固とした感覚がないため、状況や出来事に左右されやすい」。同じ本ではまた、「セルフエステイームが低い」とは、「自己価値への欲求が、弱くあるいは不充分にしか満たされていない」状態だと言います(バウマイスター、1993)。もしそうであれば、普通の日本人は、北米に来ると、普通の北米人にくらべ状況に対して敏感であったり、自己主張をしないというだけで、「自己価値への欲求が不充分にしか満たされていない」ように見えることでしょう。逆に、普通の日本人から見れば、普通の北米人は非常に自信があるように見えることでしょう。興味深いことに、カナダ人男性と不平等なパートナーシップを持っている二人の日本人女性インタビュイーが、自分のボーイフレンドは根拠もなく自信がある、と不思議そうに話していました。

このような文化的な背景に加え、多くの若い日本人一時滞在者は、「アイデンテイテイ不足」に悩んでいますから、彼らの自己認識は、いっそう状況の変化によって左右されやすいと言えます。実際、私が一人の女性インタビュイーに、「今の自分は好きですか」と聞いたところ、「この三ヶ月ぐらいは好きじゃないけれど、あと10日で好きになると思う。あと10日で、将来の仕事がもらえるかどうか、職場から返事が来て、ワークパーミットが出るかもしれないから」と答えました。

このように、状況によって特に自己認識がかわりやすい若い一時滞在者は、北米人だけではなく、年長の日本人・日系人にとってもコントロールしやすい相手かもしれません。実際、「北米に来て困った体験はありますか」という私の質問に対し、日系企業でのセクハラや不当解雇や、給料未払いを挙げたインタビュイーの数は、日系人以外からの不当な扱いを話してくれた人の人数に迫るものがありました。

さて、若い一時滞在者が、日本を離れる時点で、自分を「落伍者」だとか「社会不適応」だとか思っている場合には、海外での生活が暗転する、さらには自ら「暗転させてしまう」可能性がより高いと思われます。バンクーバーの一時滞在者が自ら生活を暗転させてしまう場合、もっともよく見られるのは、マリファナやドラッグによるもののようです。これは、日本に比べ、カナダ、とくに西海岸の、マリファナやドラッグの流通度や、事実上の社会的な許容度が高いことを思えば、不思議ではありません。

ある21歳の女性インタビュイーは、かつてバンクーバー島にESL学生として住んでいた時、ドラッグとマリファナに依存していたと言います。彼女は高校時代、ピアニストになる夢を持っていましたが、腱鞘炎になり、一流の音大には入れないことがわかり、高校卒業後すぐ日本を離れました。英語を勉強する気もなく、彼女はやがてESLに行かなくなりました。はじめはアルコールに依存し、4ヶ月間飲みつづけた後、倒れて入院しました。飲酒をやめた後は、レーヴに通い始め、一年近く通ううちに今度はさまざまなドラッグに依存するようになりました。やがて身体に悪いと思い、彼女はドラッグをやめました。今、振り返って彼女が言うには、「私は競争の敗者だった」「夢が破れて、逃げるためにここに来た」。

最後に、件数としては上にあげたさまざまなケースに比べ少ないとは思いますが、精神的な病気、自殺といった、より深刻な、命に関わりかねないケースもまた存在します。バンクーバーの緊急時通訳者が、2001年に報告してくれたところによると、日本から着いたばかりで、すぐにでも精神科に入院が必要な人に、月に一人か二人は出会うそうです。過去四年に領事館に報告された、一時滞在者の自殺件数は、その年によりますが0件から6件の間です。

このような深刻なケースの多くは、一時滞在者の日本にいた時の生活にそもそも端を発していることでしょう。しかし、カナダに来てからの経験によって、深刻なケースに陥る人も確実にいます。私のインタビュイーの中では、二人が自殺未遂について話してくれましたが、彼女たちの話は、それぞれのカテゴリーに当てはまります。

ある20歳の女性は、子供の時に精神的な病を診断されました。彼女の両親は、彼女をハワイとニュージーランドの学校に送りましたが、どちらも彼女の人生を好転させることはなく、彼女はニュージーランドで初めての自殺未遂をしました。彼女はバンクーバーに来てからも何度か自殺未遂をしました。彼女はカナダに来た時、自分のことが好きではなかったと言います。

一方、ある29歳の女性は、カナダに人生のチャレンジを求めてやって来たとき、仕事への自信に満ち、自分のことが好きだったと言います。しかし、ある日系企業で仕事に就き、おそらく精神的な病を持っていたであろう上司から、絶えずいわれのない罪をきせられ、なじられるうちに、精神の健康が蝕まれていきました。彼女はワークパーミットを得るために二年間この状況に耐えましたが、ついにはうつ病のため辞職しました。それ以来、彼女は度々自殺未遂をしています。「そのたった一人の人に会うまでは自分のことが好きだったのだから、また自分を好きになってもいいではありませんか」と私は言いましたが、彼女は、「自分のどんなところに自信があったのか、全部見失ってしまい、それ以来自分を傷つけるのが止められない」と言います。

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6.むすび:日本人・日系人コミュニテイができることは?

以上、バンクーバーの若い日本人一時滞在者が経験しているいくつかの問題を、一般的な、潜在的に問題のある状況から、より深刻なケースまで挙げてきました。また、これらの問題の原因と思われるものを、おもに文化心理学の視点から論じてみました。しかし、特に論じたり強調たりはしなかったけれど、やはり真実であるように思われる事柄も、いくつかあります。

まず、私が見る限り、バンクーバーの若い日本人一時滞在者は、たとえ多かれ少なかれ「アイデンテイテイ不足」を経験しているにしても、大多数が心理的に健康だということです。例えば、私が第一段階の広告で募集しインタビューした41人のうち、精神的に不安定そうに見え、研究上の関心と心配心から、また会いたいと私が思った人は、8人だけ(男性一人、女性七人)でした。その8人も、精神的に不安定そうといっても、病的というほどの人はいませんでした。私が感じたのは、「あまりに現在や将来について迷っており、自信がなさそうに見える。悪意の人にコントロールされなければよいが」という種類の心配でした。ですから、一般的に言って、バンクーバーに、カナダに、一時滞在者がいること自体は何の問題でもありません。問題はむしろ、現地人、とくに日系人が、一時滞在者たちが弱い立場であることに気がついており、彼らが困っている時に助ける準備ができているか、かつ問題を未然に防ぐための教育をする準備ができているか、という点にあると思います。

第二に、カナダに住むことは、大多数の一時滞在者にとって、日本を離れる時点で深刻な精神的な問題がない限り、ポジテイブな全体的効果があるようだということです。そして、程度や種類にもよるのでしょうが、ときには初めから精神的に問題を抱えている人にさえ、もちろん保証はできませんが、カナダに住むことはポジテイブな効果がある場合があると思います。例えば、自殺未遂について語ってくれた一番目の例の女性は、バンクーバーでさまざまなサポートグループに参加したり、カナダ人の精神科医に会ったりし、今はカレッジに通ったり、ボランテイア活動をしたりしています。彼女は、日本よりも豊富なカナダのメンタルヘルスのサービスを、最大限に利用しています(彼女の場合、英語が堪能であるからできることですが)。二つ目の例の女性も、自殺未遂経験者のサポートグループに参加しています。彼女はまた、広々としたバンクーバーに住むことは、人口過密な日本に住むよりも、自分の精神の健康にとって良いと言います。先にふれた、かつてピアニストになる夢が破れ、アルコールとドラッグに依存していた女性も、カナダのゆったりとした時の流れに「ケアされた」と言い、最近、デザインの方面でやりたいことがやっと見つかった、と言います。

今、バンクーバーの日系コミュニテイに望まれることは、一時滞在者を、病人扱いすることなく、また「遊びでちょっと来ているだけの人間」と軽視することもなく、彼らに実践的な援助の手をさしのべることだと思います。彼らの多くが、カナダへの移住を選択肢の一つに入れているということは、彼らは、将来、日系移住者の多数派になるのかもしれません。彼らに代わって「本当にやりたいこと」を見付けてあげることはできませんが、少なくとも安全な環境を提供することで、彼らの自己実現をサポートすることはできます。そうしたら彼らはきっと何かを日系コミュニテイに返してくれるはずです。

最後の最後に、彼らに、日系人をどう思うか、日系コミュニテイに望むサービスはないか、聞いてみた結果をお話します。彼らはおおむね、日系人がどんな人たちなのか関心を持っており、接触をとりたがっているのですが、レストランや留学センターといった商業的な場面以外では出会う機会がない、と言います。確かにそのような場では、一時滞在者は、日系人の「お客さん」か「雇われ人」のどちらかです。「ビザや移民のステイタスにかかわらず、なにはなくともいつも日本人・日系人が出入りしている、ちょっと話なんかもできる公共の場があればいいのに」というのは、多くのインタビュイーが言った事です。また、特にワーキングホリデーの何人かは、自分がワーキングホリデーというだけで、なぜ移民の人はいやそうな顔をするのだろうと言っていました。

日系コミュニテイに望むサービスを尋ねる際、私はまず「隣組」を知っているか聞きましたが、九割以上は「知らない」か「どこかで活字で見たが、何をするところか知らない」と答えました。一人だけ、「お年よりのためにボランテイアをするところ」というはっきりしたイメージを持っていると言いましたが、特にお年寄りに関心があるわけではないので、そこでボランテイアをしたいとは思わない、と言いました。「パウエル祭」「日本語学校のバザー」も、行ったという人は何人かいましたが、誰に話しかけることも話しかけられることもなく、周辺から見ているだけだったようです。

困った時に誰に相談するかと聞くと、友達、ホームステイファミリーやシェアメイト、といった個人が主のようです。英語のままならない一時滞在者相手に、知識と善意を持って対応してくれる個人が多くいればいいのですが、どうでしょうか。また、移住者がよく想像するように、ダウンタウンにあるさまざまな留学センターの「カウンセラー」に相談するのか聞いてみたら、七割ほどは「商業目的の所に相談しようとは思わない、そのセンターを利用していて起こったトラブルなら別だが」という、距離を持った返答をしました。

日系コミュニテイに望むサービスで一番多かったのは、まずはなんでも相談できる「電話窓口」を設置してほしいということでした。そしてバンクーバー島や、バンクーバー周辺の地域からもかけられるようにできればフリーダイヤルを、という声も聞きました。

カウンターのある物理的な窓口は、私がどう思うか聞くと、「それもあればいい」という返事が多くありました。何人かは、ダウンタウンから行きやすいけれど真中でない、人目を気にしないですむ所がいい、と言い、またある人は、たとえそういう物理的なオフィスがなくとも、電話でアポイントメントを取って、コミュニテイセンターなどでコンフィデンシャルに会うのでも良い、と言いました。

また、一時滞在者が、どんなトラブルにあったときに何をどこに訴える権利があるのかを明記した、一時滞在者向けのハンドブックを、空港、ユースホステル、領事館などに置くというアイデアを出してくれた人もいました。

これらのことをインタビュイーたちは、とても嬉しそうに、また一生懸命に考えて答えてくれるのが印象的でした。

 
付記:
この講演会を企画して下さった企友会および移住者の会代表の久保克己氏、鹿毛達雄氏、会場を提供して下さった隣組、そして当日お集まり下さり多くの質問・コメントをお寄せくださった会場の皆様に、心より感謝致します。リサーチにあたってはバンクーバー新報、Oops!、Vancouver Tonight(当時)、また多くの日系移民の皆様にご協力いただきました。厚く御礼申し上げます。このリサーチに一年間関心を寄せて下さったUBC心理学科のダリン・リーマン先生、ステイーブン・ハイネ先生、そしてUBC日本研究センターのセミナーとして英語で発表する機会を与えて下さったセンター長(当時)の中村マサオ先生にも、この場を借りて御礼申し上げます。また、この問題にカナダ政府が、ポストドクトラル奨学金という形で関心を持って下さったことは大きな励みでした。感謝致します。 [加藤]
 
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