4.「アイデンテイテイ・デフィシット(不足)」とグローバル化
この若者たちが経験している困難は、心理学者バウマイスター(1986)の言う、「アイデンテイテイ・デフィシット(不足)」にあてはまります。バウマイスターによれば、「アイデンテイテイ・クライシス」には二種類あります。一つ目の「アイデンテイテイ不足」とは、「自分に対する定義が不充分であること」で、「これといった目的や価値観へのこだわりが欠如している」という特徴があります。このようなこだわりがなければ、人は、内的な、一貫した「やる気」を持つことはできません。この種のアイデンテイテイ・クライシスは、思春期の青少年や、ミッドライフ・クライシスの中年に見られます。
二種類目のアイデンテイテイ・クライシスは、「アイデンテイテイ・コンフリクト(葛藤)」です。これは、「自分に対する定義が複数あって、それらが両立しないこと」です。移住者が、生まれ育った文化と、移住後の土地の文化との両方に関わり、その板ばさみに苦しむのは、その典型的な例です。
ここで注目したいことが二つあります。一つは、移住者は通常、「アイデンテイテイの葛藤」と結び付けて論じられることが多いのですが、私のインタビュイーに関する限り、問題なのはアイデンテイテイの「葛藤」ではなく、「不足」だということです。第二に、バウマイスターは「アイデンテイテイ不足」を思春期の青少年と中年に結び付けて論じ、対照的に二〇代と三〇代を、人生の中でもっともアイデンテイテイが安定した時期として描写しています。しかし、私のインタビュイーはほとんどが二〇代で、中には三〇代の人もいます。
私の見る限り、ここでは二つのことが並行して起こっています。一つは、かつては思春期の青少年の特権であった「モラトリアム」が、日本とカナダを含む多くの先進国で、もはやそうではなくなっているということです。マシューズ(2000)によれば、今日の世界では、「我々は、選択する以外に選択肢はない。許されているから選ぶするのではなく、選ばなければいけないから選ぶのである。選択は解放ではなく、多くの人にとっては、しかたがないからやること、なのである」。言いかえれば、「自分が本当にやりたいことをする」のは、権利ではなく義務であって、多くに人にプレッシャーをかけ、彼らを悩ませているのです。それでいながら日本では、私のインタビュイーたちの言葉を借りれば、「何歳までに何をしないとけない」という昔ながらのプレッシャーが、親や社会から若者にかけられています。この点で、私のインタビュイーの多くは、カナダを一種の避難所のように感じているようです。すなわちカナダは、彼らの描写する所では、「個人主義にのっとってい」て、「他人が何をしようと気にしない」国、「何歳で学校に入りなおしても、人生のコースを変えてもいい」国なのです。
第二に、ある国の「アイデンテイテイ不足」の若者たちが、あまり心理的な緊張を感じずに、他の国に容易に移動することを可能にする、全世界的な傾向があります。マスメデイア、インターネット、大衆旅客輸送手段の発達は特にこの傾向に多大な役割を果たしています。
マスメデイアは、見知らぬものをなんでも家庭まで運んできてくれてしまいますから、外国が外国であることを見えにくくしてしまいます。また、匂いも暑さ寒さも運ばない、無機質なメデイアにのせられると、外国の異なる場所の間の違いや、旅行で訪れることと住むことの違いなども見えにくくなります。
インターネットは、マスメデイアとオーバーラップする部分があると同時に、マスメデイアよりももっと能動的に人を参加させます。ですから、日本でコンピュータの前に座っている人が、外国が外国であることがピンと来ないまま、ロイヤルバンクの口座を開いたり、バンクーバーでの住居や職を見つけたりすることができ、日本にいながら「海外生活を始める」ことができてしまいます。
そしてJALは一日に五便?成田からバンクーバーへ飛んでいます。一昔前までは、「人生の目標を探す旅」は、ほとんどの人が自分の国を出ずしてやっていたことでしょうが、このような現在の環境では、「自分さがし」ないし「人生の目標さがし」は、誰が、世界中のどこに行ってやっても、不思議ではありません。
「アイデンテイテイ不足」の解決の道が、国際的なレベルで模索されるようになれば、「混乱」もまた国際化すると言えます。インタビュイーの中には、将来どの国に落ち着きたいか、どのような仕事に就きたいか、カナダでは最終的にどのようなステイタスを得たいか、など、何を聞かれても「場合による」と答える人が何人もいました。彼らは、将来の計画を立てるに当たって、どの要因に優先権を与えればいいのか、決心しかねているように見えました。
ここで二つの例をご紹介しましょう。
ユウスケさんは30歳の男性で、以前カナダのあちこちを旅行したことがあり、現在は学生ビザでバンクーバーに住んでいます。彼はイギリスで英語を二年勉強し、多くの国を旅行しました。オーストラリアで、最初10日間だけの予定が、思いがけず二ヶ月も滞在したことがあります。
例1:ユウスケ
(30歳、男性、観光ビザ→学生ビザ、カナダ生活通算9ヶ月、日本では飲食店経営)
加藤:勉強するのになぜバンクーバーを選んだのですか。
ユウスケ:気候がいいから。前カナダに来た時、永住したいなと思って、実際トロントでは就職口もあった。でもむこうは気候が厳しいから、こっちにした。バンクーバーに来た時、何を勉強しようかなと思った。美容、ツーリズム、TESLと三つ選択肢があって、TESLにした。日本に帰って自分の英会話学校を開く時につぶしが利くかな、と思って。でも、本当に日本に帰っていいんだろうか、こっちの方が自分に合ってるんじゃないか、とも思う。
加藤:いつから海外に永住することを考え始めましたか。
ユウスケ:日本にいた時から、永住権をくれそうな国は、どこでも考えていた。
加藤:オーストラリア旅行は、永住の下見も兼ねていた?
ユウスケ:兼ねていた。
…
加藤:去年バンクーバーに来た時、永住は頭にあった?
ユウスケ:あった。けれどいざ決めるとなると、考える。完璧にやりたいものがないから、ぐらついている。ここでは人の目を気にしなくていいというのはあるけれど、もしそれだけが移民する理由だったら、日本にいた方がいいんじゃないだろうか。それにもし移民するのなら、ツーリズムを勉強すべきだった。
二つ目の例は、ヨウコさんという、ビジタービザを持つ27歳の女性です。彼女は三度、日本とカナダの間を往復していますが、1度目は学生ビザ、あとの2回はビジタービザを持ってきました。彼女は通算で一年10ヶ月バンクーバーに住んでいます。
例2:ヨウコ
(27歳、女性、学生ビザ→観光ビザ→観光ビザ、カナダ生活通算1年10ヶ月、日本では幼稚園の保母)
加藤:お電話では、ワークパーミットを取りたいとおっしゃっていましたが。
ヨウコ:いろいろ考えている。またワーキングホリデービザで来ようかとも思うけれど、それだと将来につながる仕事は得られないだろう、と葛藤中。もし今のスキー学校の日本人インストラクターの一人が辞めれば、私がインストラクターとしてワークパーミットがもらえると思う。でも他の国で働くことも考えている。インターネットで、イギリスで保母さんの求人があるのを見付けたから、面接を受けようかと思う。イギリスにはあまり行きたくないけれど。
加藤:なぜ行きたくないのですか。
ヨウコ:英語が違う。それに人が冷たそうだし、物価が高い。
加藤:日本で [また] 働くことは考えないのですか。
ヨウコ:全く考えない。日本に帰っても何をしていいかわからない。この点で、ここにいると、やりたいことがきれいに見えてくる、学校に行きたいとか、貯金したいとか。
ちなみに、彼女は「何のために」学校に行ったり貯金したりするのか、という部分までは語りませんでした。 ユウスケさんもヨウコさんも、彼らと同じように二国間を往復している他の若い一時滞在者も、海外滞在のあいまには、普通、日本に帰ってパートタイムや自営業で働き、次の海外滞在のために貯金をしています。彼らは、自分たちが日本に帰ることを、冗談めかして「デカセギ」と言います。 |